プロジェクト

alternative

愛知県名古屋市にある美濃忠のお菓子屋さんの販売員

いいことはおよそ酒の席から始まるもので、当時のガールフレンドの紹介で戸川マサミツさんにお会いしたのは、浜松市にあるアクトタワー地下の居酒屋でのことでした。イカ焼きを肴にビールを数杯飲むうちに、静岡県の農村を支える多くの高齢者農家に顔が利く戸川さんと打ち解けるにはさほど時間もかからず、私が決して変わり者ではなく、詐欺師ではないこともすぐに理解してもらえました。ビールをさらに数杯傾けるうちに、私の考えが、まともで、誠実なものであることを認めてもらえました。それから数ヶ月間、水田地帯のわき道をダイエットのためジョギングするうちに、農道で私に手を振って挨拶してくれた脚を泥だらけにして農作業に励む老人たちと、私は一緒に働き共に行動したくなったのです。戸川さんの紹介で、私を大橋さんが必要とすれば、稲作の手伝いが出来る旨を話してくれました。その結果、大橋さんが私に農業の手ほどきをし、私は大橋さんのために労働を提供するという理にかなった関係が出来上がったのです。

それから2年間、その地域の田んぼや畑をたくさんまわって、お手伝いをさせてもらいました。結局あまり役に立たず、 足を引っ張ることの方が多かったのですが、許される範囲なら何でもしました。田舎で、しかもその場限りのボランティアを1日させてもらえないかと尋ねると、快く仕事を提供してくださり、その中で思い出深い出来事に巡り合うことも数多くありました。たとえば、手を震わせた老人が、10分前に出会ったばかりの私にご飯をご馳走してくれたり、招待された家で、大分前に亡くなった家族の写真を見せてもらったりしました。また、村祭りで安い酒を気の合う友達と腰が抜けるほど飲んだり、お年を召した女性と一緒にカラオケを歌ったり、暑い夏にふくらはぎに噛みつく虫の生態について学んだりしました。これが私の日々の生活となり、日本の食べ物だけでなく、私の新しい日暮しを可能にした日本の人々のことがだんだん好きになっていきました。

静岡県での生活の後、理由や場所を変えながら、何度も日本を訪れるようになりました。下手ながらも写真も撮り貯めてきました。 Dancing Chopsticksはご覧の通り、骨組みが完成して、日本語に訳されたばかりです。食料の生産、流通、販売の時間と空間に関わる日本の人々が働く姿を記録した映像の膨大な収集をこのウェ ブページでは目指しています。